校歌

 現在の校歌は、明治42年4月大洲中学校校歌として制定され、戦後、大洲高等学校校歌として引き継がれました。作詞は、大洲中学校教諭堀澤周安先生、作曲は、愛媛県師範学校教諭の鈴木重太郎先生でした。一番の歌詞には「近江聖人」の中江藤樹が、また二番の歌詞には「矢野の神山」幕末維新の国学者矢野玄道が歌い込まれています。
 堀澤周安先生は、文部省唱歌「田舎の四季」の作詞家としても有名です。
 現在の大洲学校のチャイムは、この「田舎の四季」を使っています。

1 近江聖人の 跡とめし     昔の庭は    此処ぞとて    日毎日毎に     踏みならす   われらが身こそ   嬉しけれ   中江の水の  澄みまさる 心をおのが   心にて  誠の道を   辿らまし   由縁の藤を  仰ぎつつ

2 朝夕わたる 肱川の 水の流れを顧みよ 進み進みて やまぬこそ われらが常の務めなれ 矢野の神山 動きなき 心をおのが 心にて まなびの窓に 励ままし月の桂も 手折るべく

中江藤樹矢野玄道
10歳の時祖父の中江吉長につれられ大洲に来た。15歳で家督を継ぎ、現在の本校校地に寓居した。27歳で脱藩し郷里の近江帰るまで、後年の藤樹学の基礎をこの大洲の地で培った。大洲阿蔵村に生まれ、阿蔵で没した国学者。幕末の京都で王政復古運動に活躍した。彼の「献芹詹語」は、国学者唯一の新政府の政権構想であった。著作は700巻余に及ぶ。